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悲しいお知らせ

Posted by Ma-Mo on 20.2011 未分類   2 comments   0 trackback
最近、1カ月ぐらい、更新をする事ができませんでした。

わたしたち家族にとって、とても悲しい出来事だったので、なかなか気持の整理ができませんが、
報告します。

2月に授かった赤ちゃんが、29週で亡くなってしまったことです。


5月30日の事でした。私は、仕事で現場に行っていたら嫁さんから電話で、
「お腹の中の赤ちゃんが死んだ。」と涙声で電話をしてきました。

その日は、5月2日以来の定期検診で産婦人科にかかる日でした。

私は、何を言っているのかさっぱり分からないので、落ち着いて聞き返すと、
エコー検査で、赤ちゃんの心音がなく、亡くなっている状態であること、
午後から、広島大学病院に行って診察を受ける事でした。

とりあえず、職場まで帰り家に帰りました。

そして、午後2時ごろには、広島大学病院に到着、診察。

その時までは、もしかしたら、生きているのではないかという希望がありましたが、
やはり、ダメでした。
赤ちゃんは、10日ぐらい前から亡くなっていたようです。
つわりがひどかったために、お腹の中の赤ちゃんは元気に育っていると思っていたので、
青天の霹靂でした。

そして、その日は、気持の整理ができないので、一時帰宅して、次の日に入院となりました。

マー吉は、幼稚園から、祖父の家に預ってもらっていたので、午後6時ごろに迎えに行き、
帰りの車の中で、お母さんのお腹の中の赤ちゃんが亡くなっていた事を伝えました。
すぐに理解して大泣きでした。

次の日、5月31日は入院です。
お腹の中の赤ちゃんを、外に出してやるためには、陣痛促進剤で陣痛を促し、普通に分娩をすることです。
ただ、赤ちゃんが死んでいるだけで、普通の分娩とは何も変わりありません。

分娩は、6月1日の予定なので、嫁は、出てきた子供の為に、自分のウエディングドレスで小さな産着を作ってやりました。


6月1日ついに出産です。
その日は、母親に何かあってはいけないので、マー吉も病院に連れて行きました。
わたしたちが着いたのがちょうど12時ぐらいでした。
だんだん陣痛が始まっていました。
そして、分娩室へ、41分後に無事に出産しました。

死亡原因は、へその緒が首に巻きついていました。

出てきた赤ちゃんは、まだ、5カ月ですが、人間の形に成長していました。
マー吉も一緒に対面です。
マー吉は、冷静に受け止めて、自分の妹の遺体をちゃんを眺めていました。

そして、そこからが大変です。
妊娠4か月以降に、死産をした胎児は、死産届を発行してもらい、火葬しなければいけません。
最寄りの、南区役所に行き埋葬許可書を貰い。
次の日、火葬をする、東広島市役所で火葬許可書を発行して貰わなければ、赤ちゃんを退院と一緒に連れて帰れません。
先生より、「退院は次の日ですね。」言われていたので、やる事がたくさんありすぎてパニックです。

6月2日、退院です。
朝一で、赤ちゃん用の骨壷を葬儀社で購入し、東広島市役所で手続き、病院にお迎えです。

嫁と赤ちゃんと帰宅です。
一晩だけは、家に帰らせてやりたかったので、火葬は6月3日に行う事にしました。

6月3日、午前中に、お寺に行きお経をあげてもらいました。嫁は出産退院したばかりなので、お寺には、マー吉を2人で行きました。簡単ですが、葬式を挙げてやることができました。院家さんによると、仏教では、お腹に中に居る時から、年を数えるので、法名を頂く事になりました。
午後、火葬場へ向かい、最後の別れです。胎児の場合骨が、残ることはあまりないのですが、ちゃんと遺骨が残っていました。つわりがしんどくて母親が栄養がとれていませんでしたが、骨はしっかりと成長していました。

以上の一週間が、私の人生にとって激動の週でした。

マー吉は、結婚してすぐにできた子供でしたが、今回の子供はなかなかできなくてやっと授かった子供でしたが、
この様な事になり、とてもショックです。
特に、一番喜んでいた、母親の心のダメージは大きく、時間が経たないと癒えないと思います。

まだまだ、嫁も体調が戻りませんが、ちょっとずつ回復傾向にあります。

今の心の支えは、マー吉です。
今回の妊娠から死産までで、一番成長したのはマー吉でした。
今までは、一人っ子なので、甘えん坊でしたが、つわりが始まって以来、母親に甘えることなく、
がんばっていました。

今では、遺骨の周りに、自分で絵を描いて赤ちゃんに見せてやっています。

母親が泣いていると、一緒に悲しんだり、元気づけやっています。

我が息子ながら、すごいなと思います。

49日までには、小さいながら仏壇を支度する事が出来そうなので、
遺骨は仏壇に置く事にしました。
お墓に入れるのは、寂しいだろうから、私か嫁が死んだら一緒にいれてやろうと思っています。


とても、悲しい出来事でしたが、嫁の心と体が回復する事を願っています。


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Ma-Moさんのブログも登録させていただいてるのですが、最近更新されていないなー、奥さんとお腹のお子様のサポートに専念されていることだろうと思っていたんです。
しかし、先程更新情報の中に掲載されていたブログ記事のタイトルを拝見させてただきスッ飛んできたところです。

この度のお子様のことについて心よりお悔やみ申し上げます。
記事を読ませていただきMa-Moさん、奥様、長男さんのつらさと悲しみが伝わってきて涙が止まりません。
我が子は29週という短い期間で産まれたので、いつ何があってもおかしくない状況でした。
幸いにも今はこうして大きくはなっていっているところですが、出生前の切迫早産による母子ともに危険だった緊迫した時間と、産後の我が子の不安定だった状況において何とか生きてほしいと切に願ったあの頃を思い出します。
待望だった第二子を授かられたときのことも伺っていたので、私達夫婦もMa-Moさんご夫妻の子宝に他人とは思えない気持ちで見守っていました。
本当に悔やみきれない思いでいっぱいです。
奥様の心と体が回復されるとともに、Ma-Moさんご自身の心が回復することを切に願います。
2011.06.21 01:26 | URL | 悠太郎 #- [edit]
ありがとうございます。

今回の事と、震災の事で、命について考えさせられました。

悠太郎さんも、のぞみちゃんの事をシッカリ育てあげてください。

どんどん成長する我が子をみると、力がでます。

わたしも、今は、マー吉から力をもらっています。
2011.06.21 21:22 | URL | マーモ #FCp7nJFY [edit]


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